ミミニケーション

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居酒屋とか飲みの席での会話が聞き取れない。
え?みんな聞き取ってるの?ちゃんと飲みニケーション(失笑)できてる?
いや、多分アルコールが入るとみんな呂律が回らなくなるっていうのもあるとは思うんだけど、会社の飲み会に参加しても7割くらい彼奴らが何を言っているか分からない。
まあ、飲みの席で上司が話すことなんて武勇伝とかゴルフのスコアとか常套的なことばかりだから、バブルヘッドみたく首をぶんぶん振りながら、適当に相槌を打っておけば何とかなる。
大体は「はい」と「なるほど」と「凄いですね」の三種の神語で乗り切れるんだけど、たまに「◯◯のこと嫌いだろ?」みたいな引っ掛け問題出す茶目っ気溢れる奴がいるじゃん。
運良く会話の流れを聞き取れてたら良いけど、バブルモードになってたらおしまいだよね。
そういうことが何度かあって、これはいけないと、このままだと給料が全額ジンバブエドルに替えられてしまうと。
そう思って、もう、頭の天辺からちんぽの先まで全神経を研ぎ澄まして、卓上の言葉を拾い集めようとするわけよ。
しかし何故だろう、隣席で黒霧島に魂を売った大学生集団の言葉ばかり拾ってしまい、俺Cloudのストレージ容量は、「民法の単位は取りにくい」やら「今週オール3回目」やら糞から発せられた糞のような情報で埋め尽くされてしまう。
あの、別に大学生に恨みがあるわけじゃないよ、楽しそうな大学生が嫌いなのであって、君のように学食の隅でスマートフォンを片手に鯖の味噌煮をつついているタイプの大学生は好きだから。
話を強引に戻して、こうも聞き取れないのは耳にコンクリートでも詰まってるんじゃないかと思い、耳鼻科を受診したんだけど、全く異常なし。
結果に納得できず、ネットで検索してみると、同じように、周囲が騒がしい場所での会話が聞き取れないと悩んでいる民が意外と多い。
色々と原因は列挙されていたんだけど、心因性のものではないかという意見が目立った。
出ました!心!本当にお前らは何でもかんでも心のせいにしようとするんだから!
まあ、でも確かに、飲みの席ってどちらかというと苦手だし、緊張もするし、変に聞こう聞こうと気負っちゃってるのかもしれない。もっと楽な感じで、全部聞き逃すぞ!くらいのね!スタイルがいいかもしれない!
え?オチ?ないです。ごめん、飲みの席でも何でもないけど、オチに関しては聞き取れない体でお願いします。

クリスマスイム

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メリークリスマス。
こう、パソコンの前に座して文章を書くっていうのも何だか久しい感じがします。
最近はネットもメールも※RTOも何でもかんでもスマホ頼りでしたから。
今年のクリスマス、皆さん、恋人、友人、家族、アクロカントサウルス など、それぞれ思い思いの人・獣脚類と共に、それぞれのクリスマスを過ごされたことでしょう。
中にはソロ活動に従事した方も多いのではないでしょうか。
僕は、自分へのプレゼントを買いに行くべく、凍える手で諭吉を握り締め百貨店に繰り出しました。
当日にプレゼントを購入する層も割と多く、店内は人が跋扈していました。種田山頭火氏がご存命なら『分け入っても 分け入っても すげえ人』と自由律俳句を詠んでいることでしょう。その中を掻き分け、目的の地へ進みます。
途中、ツインテールのブスを連れたオタクにぶつかり、hiFの舌打ちをされながらも何とか辿り着いたのが、スポーツ用品売り場です。
というのも、先日ふと「泳ぎたい」という欲に駆られまして。冬に。会社で伝票処理しているときに。
皆さんも多分こういう経験はあると解釈しているのですが。
何て言っても水泳欲は、食欲、性欲に次ぐ人間の三大欲ですからね。仕方がないですね。
そういった経緯もあり、近所のジムに入会手続きをし、併せて自分のクリスマスプレゼントということで競泳水着を購入しようという考えに至りました。
まあでも、イヴに、汗まみれの男が、「水着置いてますか」って聞いてきたら、さすがに万人に愛想を振りまく店員さんのアルカイックスマイルにも陰りが見えますよね。
いやだって、店内物凄い暑いんだもん。ほらほら、あの人も汗かいてるじゃん。空調効きすぎなんだって。
結局、水着、置いてなかったです。
試着し易いように薄めのパンツ履いてきたんですけどね。赤の。意味がありませんでした。
寒空の下、アベックの笑い声と何処かの店先から流れるマライアキャリーの歌声をBGMに、帰路を歩む僕が思ったのは、「というかジムで買えば良いじゃん」 これだけでした。
※RTO(Road To Orgasmの略称。オーガズムに達するまでの道、即ち自慰行為を指す)

食べられる

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無気力に手足をつけたような俺もいよいよ四月から働き始めることになった。ついこの間母親の胎内で着床した気がするのだが随分と早いものである。ひたむきにイチゴになることを志していた四歳当時の俺には申し訳ないが、残念ながら現在進行形でヒトであり、四月から栃木の果樹園で栽培される予定もない。これから金太郎飴のような会社員になるのだ。

 学生生活も残り二ヶ月を切った。「今しかできないことをやれ」と世の有象無象は言うが、何をするにしても金という存在が目の前に必要条件として立ち塞がる。持ち合わせのない俺は必然的に「今しかできないこと」の範囲が狭まった。「金は生み出すものだ」と学食の隅でゴムのようなからあげをつつきながら俺に言い聞かせた昆虫顔のことを思い出す。ギャンブルでの儲け話のデセールとして出されたその迷言にはなぜか不思議と説得力があった。あった気がしたが、その後彼は奨学金の殆どを空の銀玉に替え中退したので撤回する。

ギャンブルをする度胸と器量もない俺は金を生み出すために、自室で役目を果たし安穏とした余生を過ごしている本たちを売ることにした。クソでかいコストコの袋になぜか三冊あったハンターハンターの26巻を含む数十冊の本を詰めて古本屋に向かう。店員が買取査定をしている間、店内を物色していると『10代のうちにしておきたいこと』という本が目に入った。俺は10代ではないが、本来の自己啓発ではなく過去を省みるという目的でこの本を購入した。「今しかできないこと」ではなく「今までできなかったこと」に思考を働かせることにしたのだ。

読み進めると意外と10代のうちに成し遂げた項目が多く、自分の10年間に多少なりとも値段がついたようで、安堵した。項目の中に、「将来何で食べていくかを考える」というものがあった。どうだろうか。中学生の頃は食べていくというよりも一日中年上の痴女に食べられたいと悶々としていた。四歳の頃はイチゴを志望していたし、俺は被捕食者としての天賦の才があるのではないか。高校生のときはとりあえず大学に入学することを終点としていてその先のことなんて考えてすらいなかった。昨年、就職活動をするにあたってようやくそういったことを意識し始めた気がする。結果的に俺は、派手な業界の社員でもなく、高給取りでもなく、至って平凡で無個性な、冒頭でも述べたような、「金太郎飴」のような会社員になることになった。ん?金太郎飴?やはり俺は被捕食者の才がある。

スパイス

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ブログのように、不特定多数に発信するものを書いていると、その中でどうしても脚色とか誇張をしてしまうものである。これはブログを書いている人なら誰しもが経験することだと思う。やはりこうして、時間を割いて書くからには、面白いと思われたいし、感心されることで、自らのつまらない承認欲求を満たしたいというのもある。まあ、自分を大きく見せるということだろうか。読み手は例外を除けば自分のことを深く知らない人間なのだから、言ってしまえば、大きくし放題なのだ。これは、あれに似ている。本当はおちんちんの長さが13センチなのに、周りには15センチだと吹聴する、あの感じに。何かと具体的な数字なのは気にしないでほしい。そう、おちんちんも同様に、例外を除けば周りからは見えることはないので、大きくし放題なのだ。これを何と言ったか。見栄を張るか。この場合は、テントを張ると言ったほうがより適切かもしれない。1を2にするのは良いが、1を10にしたり、0を1にするのは、やめたほうがいいかもしれない。分かりにくいから、おちんちんで例えよう。13センチを15センチと言うのは良いが、13センチを30センチと言ったり、ましてや女性なのに「おちんちん生えてるよ!」と言ったりするのが駄目ということである。というのも、ブログの目的としては、他者への公開が大前提であるが、ウェブ上の日記と謳われているように、自分自身も後々に見返すことになると思う。そのときに、脚色や誇張された文章を見て、その事実に気付くことができればいい。比較的最近のものなら気付くことができるだろう。しかし、何年も経ったらどうだろう。脚色や誇張の中に中途半端に真実も混ぜらていた場合、大半の人は、「こんなことがあったんだ」と、その文章を素直に受け入れてしまうのではないか。その結果、0を1にするという脚色や誇張の範疇を超えた、でっち上げまでもが、時間の経過と共に、何の違和感もなく、「自分の過去」となってしまう恐れがあるのだ。怖い怖い。この調子で、「もう偽るのはやめよう!ありのままの日常を綴ろう!」と言ってしまいたいところだが、そうしてしまった場合、自らの日常のあまりの彩りのなさ、惰性感に絶望し、ブログ自体をやめてしまうのがオチである。やはり私たちは醜い。見栄を張ることでしか、自己を保っていけないのである。せめて、脚色や誇張という呼び方をやめよう。少しユーモアを含ませた、「味付け」というのはどうだろうか。分かりにくいか。じゃあ恒例のおちんちんで例えてみよう。私のおちんちんは夜になると光る。