サブカルスパイラル

我々日本人は群集心理や同調圧力に囚われた存在である。「皆がやるから自分もやる」という考えに基づいているのだ。そういった部分から脱却したいと考えた人間が作り出したのが、"サブカルチャー"である。略して"サブカル"と言う。そしてそれに属する人間のことを"サブカル系"と言う。よく下北沢とか高円寺に跋扈しているあいつらのことだ。ヴィレッジヴァンカードを巣としていて、寺山修司をバイブルとしているあいつらのことだ。かなり簡単に言えば、アブノーマルなものを好む人間である。アブノーマルなものと言ってもピンとこないかもしれない。例えるなら、センター試験の科目であれば、"公民"である。包茎の種類であれば、"カントン包茎"と言ったら理解できるだろうか。まあ、ちょっと前まではサブカルは個性的であったが、最近はサブカル系の人口が増えすぎたせいか、だんだんと無個性になってきた。恐らく今後もサブカル系は増え続けていくと思われる。集団錯誤の呪縛である。群集心理や同調圧力から脱却するために作り出したものが、皮肉にもまた新たな群集を生み出してしまった。では、どうすれば脱却できるのか。普通でなくなればいいのか。しかしそのままでは従来のサブカルと何ら変わりない。更にアブノーマルを追求すればいいのだろうか。普通の人間がジャケットを着れば、サブカル系は、やけにヒラヒラしている、それ服なの?ただの布じゃないの?ゴミ捨て場で見たことあるよ?的なものを着る。ここから更にアブノーマルとなると、もう全裸しかない。普通の人間が好みの芸能人に佐々木希を挙げれば、サブカル系は、緒川たまきを挙げる。では、更なるアブノーマルは誰を挙げればいいのか。残された選択肢は、ジュニアアイドルくらいである。そんな風にアブノーマルを極限まで追求した結果、その人間がどういったものに分類されるかと問われれば、ただの「変態」なのだ。そして残念なことに、変態はこの世にごまんと溢れている。